はじめに:逆子とその課題
妊娠中、胎児が子宮内で頭を上にした状態(骨盤位)を「逆子」と呼びます。通常、出産時には胎児の頭が下を向く頭位が理想的とされていますが、約3〜4%の妊婦さんが出産直前まで逆子の状態が続くと報告されています。逆子のまま出産を迎えると、帝王切開が必要となる場合が多く、母子ともにリスクが高まる可能性があります。そのため、逆子を自然に矯正する方法として、鍼灸の一種である「灸治療」が注目されています。
灸治療とは?そのメカニズム
灸治療は、伝統的な東洋医学の一つで、ヨモギの葉を乾燥させた「もぐさ」を燃焼させ、その熱刺激を特定の経穴(ツボ)に与える療法です。逆子の矯正においては、主に足の小指の外側に位置する「至陰(BL67)」という経穴が用いられます。この部位への熱刺激が、子宮の血流を増加させ、胎動を促進し、結果として胎児が自然に頭位へ回転することを助けると考えられています。
医学的エビデンス:灸治療の効果
灸治療の逆子矯正効果については、複数の研究が行われています。例えば、1998年に発表されたランダム化比較試験では、妊娠33週の初産婦260名を対象に、灸治療群と対照群に分けて比較が行われました。その結果、灸治療を受けた群では、胎児の頭位への回転率が有意に高かったと報告されています。
さらに、2021年のシステマティックレビューおよびメタアナリシスでは、灸治療が逆子矯正に有効である可能性が示唆されています。ただし、これらの研究の多くはアジア圏で行われており、他の地域での効果についてはさらなる研究が必要とされています。
他国の研究と学会の見解
国際的な視点からも、灸治療の逆子矯正効果に関する研究が進められています。2023年のコクランレビューでは、13件の試験(2,181名の参加者)を分析し、灸治療と通常ケアの併用が、非頭位での出産率を低下させる可能性があると報告しています。ただし、帝王切開率の低下には明確な効果が見られなかったとされています。
一方、フランスで行われたランダム化比較試験では、灸治療と鍼治療の併用が逆子矯正に効果的であるとする結果が示されていますが、他の研究では有意な差が認められなかったとの報告もあります。これらの結果から、灸治療の効果は個人差や地域差が影響する可能性があり、さらなる高品質な研究が求められています。
安全性と副作用
灸治療は比較的安全な療法とされていますが、いくつかの副作用が報告されています。例えば、治療中の不快な臭い、吐き気、腹部の痛み、子宮収縮などが挙げられます。これらの副作用は一般的には軽度で一過性ですが、治療を受ける際には経験豊富な鍼灸師のもとで行うことが重要です。
まとめ
逆子の矯正に対する灸治療は、一定の効果が期待できる可能性がありますが、その効果は個人差や研究間の差異が存在します。妊婦さんが灸治療を検討する際には、医師や鍼灸師と十分に相談し、最新のエビデンスや自身の健康状態を考慮した上で判断することが重要です。また、灸治療は他の矯正方法(例えば、外回転術)と併用することで、より高い効果が得られる可能性もあります。最終的には、母子の安全を最優先に考え、最適な方法を選択することが求められます。
参考文献
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